今日は野田知佑の本を読んで、あるドキュメンタリを思い出した。

それは、「自給自足生活」という名目のもと、山菜を採りいのししやカモを捕り、
山菜料理を出す宿のお話だった。

いのししを銃で撃ち殺した後、線香に火をつけ拝んで宿の主人はこう言ったのだ。
「命は自然から頂いたもの、だから感謝して食べている。スーパーに売っている肉は皆食べるくせに、撃ち殺して食べるとかわいそうと言う。何か間違っている」

もうね、どうなのよ。

この人は自給自足と言うものをなにか勘違いしている。
その主人は車で猟に行き、本当に必要なものはスーパーで買い、電気を使いガスを使い、文化的な生活を享受されているのに、自給自足をうたうなんてばかげている。

勘違いもはなはだしい。

自給自足とは、そういう意味で使わないのだ。

生きるためだけに猟をするならわかる。

そうではなく、商売のために生き物を殺すのだ。

それでなにを感謝するのだろう。自分が豊かになったこと?

鶏肉がほしければカモを撃ち殺す必要はない。
スーパーはその主人がカモを1羽殺すまいが鶏肉の仕入れを減らすわけではない。

スーパーで買えばいいのだ。そのカモは雛を抱えてえさを探していた最中だったかもしれない。自給自足をうたってカモを殺すことは食物連鎖破壊に繋がりかねない。

私はスポーツフィッシングも苦手だ。釣った魚は全て食べる。

・・いや、食べる分しか釣ってはいけないのだ。

キャッチアンドリリース?うーん、微妙・・・。

射殺したいのししに線香を上げている姿を見て、私はなんだか人間が善良でありたい心のスキマが映し出されたようで、なんだか嫌な気分がした。

この本は、私のお気に入りの一冊

本当に自給自足と言いたいなら、
電気を使わず、薪を拾って来てください。
車なんて乗らないで、歩いてください。
スーパーなんか使わず、全て自分の家で栽培してください。
牛も、豚も、鶏も。

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